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フミログ

発達障害、知的障害のことから日々の生活のことまで。

長男の足が動かなくなった

長男の足が動かなくなって、今日で12日目になりました。

現在、長男は精神科病棟に入院しています。

車椅子生活です。

下半身が麻痺してしまって、触った感じも温感もありません。

わずかに指先をぴくぴくと動かせるだけで、他はぴくりとも動かせません。

何故、入院先が精神科なのか。

まだ確定ではないのですが、どうやら心因性の下半身麻痺であるらしいのです。

 

二学期の始業式の翌日でした。

長男はいつものように自転車で元気に登校していきました。

退屈な長い夏休みが終わり、意欲に満ちていて、不安な言動は見られませんでした。

お昼を過ぎたころ、私のスマホが鳴りました。

長男の担任からでした。

「長男君がけいれんを伴う発作で意識がないので救急車を呼びました」

長男はよくこういう発作を起こします。

私はすぐに主治医に連絡をとり、救急隊員の方と何度かやりとりをした後、たまたま休みで在宅だった旦那と二人で学校へ向かいました。

学校に着いたらすぐに救急車に乗り込み、救急病院へ向かいました。

救急車の中で長男はわずかに会話ができる程度に回復していました。

同乗してくれた担任も私も、この様な状況には慣れていたので、特に慌てることなく雑談を交わしていました。

念のため全身を診てはもらいますが、いつもの発作ならしばらくすれば回復するとわかっていたからです。

救急病院ではCTなど様々な検査をしてもらい、異常はみられないということで何度か入院している精神科へ入院して様子をみることになりました。

この時点でも私は、いつものように数日で元気になると信じて疑いませんでした。

翌日、やはり長男はすっかり元気になっていました。

車椅子に乗っているということ以外は。

 

病名は伏せますが、長男はキャパオーバーになると過呼吸からけいれんして意識がなくなる発作を起こします。

その後、記憶がすっぽり抜けてしまったり。トランス状態になったり。手や足が動かなくなったり。目が見えにくくなったり。言葉がしゃべれなくなったり。小さな子供のようになったり。

長男は発達障害知的障害のため、もともとのキャパが小さいので、普通の人なら何でもないストレスを処理する事ができずにこの様な形で表出してしまうのです。

しかも障害特性上内省が難しいので、ほとんどの場合はストレスに対する自覚がありません。

自分が嫌だとか辛いと思っている事がわからないのです。

なので、本人が何にストレスを感じているのか、日常的に丁寧に観察していなければ、ストレスの原因を特定することができないのです。

 

今回、長男は数か月に渡って絶好調の日々が続いていました。

病気が治ったのかと錯覚するくらいに。

私は長男の中にいつの間にか雪のように降り積もったストレスを、見抜くことができませんでした。

とても悔しいです。

 

長男は現在、病棟の中を器用に車椅子を操作して、元気に動き回っています。

排泄や食事などはほぼ自立できています。

元気だけど足は動かないままです。

こんなことは初めてです。

足が動かなくなったことは今までもあったけれど、三日もたてば元通りでした。

今回はもう二週間近く経ちますが、動かないままです。

身体の検査は全部終わったわけではありませんが、ほぼ心因性で間違いないだろうとのことでした。

これからどうなっていくのか。

まだ、全く見通しが立っていません。

今はただ、回復を祈る事しかできません。

 

 

 

 

 

長男の色覚異常

日々のこと

 

ツイッターのタイムラインで、色覚の事が話題になっていました。

 

我が家の長男には、重度の色覚異常があります。

そのことに母である私が気が付いたのは、今年の3月のこと。

CCレモンの色は白だと言った長男の言葉に、え?とひっかかったのがきっかけでした。

長男自身は何となくだけど自分の色の見え方が他の人と違うことに気がついていたそうです。

長男が言うには、信号がLEDに変わる前は白白赤に見えていたそうです。LEDに変わってから、緑だけ見えるようになったと。それも青にしか見えないそうですが。

緑と黒のボーダー柄は真っ黒に見えるそうです。

トイレのピクトサインはピンクも水色もグリーンも見えないので、はっきりした赤と青だとわかりやすくて助かると。それでも赤と黒に見えるそうですが。

男女の区別がはっきりしてない形のピクトサインだと、どちらが男子トイレかわからなくて困るのだそうです。

そんな話を夕食後に笑いながらしている長男を眺めながら、私はパニックになりそうなのをこらえるのが精一杯でした。

今まで17年間、気付かなかった?

信号すら識別できないほどなのに。

もしかして信号を無視して飛び出していたのは、多動や知的障害による認識不足だけではなく、信号が見えてなかったから?

少し気持ちの整理をするのに時間が必要でした。

知的障害発達障害学習障害

そしてさらに色覚異常まで?

ショックではあったけれど、時間は待ってはくれません。

1~2週間程ぐずぐずしてしまいましたが、気持ちを切り替えて眼科で検査にのぞみました。

近所のクリニックから紹介状をもらって大きい病院で詳しい検査をした結果、重度の色覚異常であるとの診断でした。

重度の色覚異常

長男に、景色がどんな風に見えるのか聞いてみました。

青い空は青だと。

木々の緑は、日当たりの良い場所や新緑ならば黄緑色に見えるけど、暗いと黒に見えるのだそうです。

赤はよく見えるのだとか。

長男は赤と黒のアディダスカラーばかりを身に着けるのですが、それは発達障害の特性からのこだわりのせいではなく、唯一判別できるカラーリングだからなのだそうです。

そんな事とは思いもよらず。

ピンクや黄緑や水色などの明るい中間色や黄色は白く見えるのだそうです。

濃い緑や紫、濃い青などは黒く見えるのだとか。

そんな話を聞きながら、ん?ならなんでそれらの色が存在することを知っている?と疑問に思いました。

長男の話をよく聞いていると、明るさや発色の具合などの状況によって見えたり見えなかったりするようなのです。

信号がLEDだと緑も識別できるというのがわかりやすい例ですね。

眼科のドクターの説明によれば、色というのは太陽光の反射を眼球を通して脳で識別しているもので、厳密には見え方は一人一人違っているのだそうです。

長男のように周囲の状況で見え方に変化が出るのは当然のことなのだそうで。

なので、この色はこのように変換して見える、というようなことを検査で把握することも、マニュアル化することも不可能なのだそうです。

臨機応変に対応していくしかないということでした。

長男は、周囲が気が付かなかっただけで、産まれた時から色覚異常でした。

だから今更慌てて何かしなくても、ご本人なりに色々工夫して生活しているよ、とも言われました。

赤と黒のカラーリングばかりを身に着けるのも、彼なりの工夫ですよね。

 

長男には、読字困難もあります。文字が動いて見えるのだそうです。

交通機関の時刻表や切符はほとんど識別できないので、交通機関を使って知らない場所に行くことはほとんど不可能です。

書字障害もあります。手書きでは名前を書くのがやっとですが、キーボードなら文章が書けるのです。

もし、長男に読字障害も書字障害も色覚異常もなかったら。

発達障害知的障害だけだったら。

教科書が読めたのでしょうか。

学習機会が得られたのでしょうか。

考えても仕方のないことを、考えてしまいます。

でもこれは本当に考えても仕方のないことで。

こんなことを考える暇があるなら、少しでも今できることをやっていきたいです。

 

先天性色覚異常は男性の約5%、女性の約0.2%に発症すると言われています。

その他、後天的に発症する場合もあるそうです。

色がわからないというのは、食品関係、工業系、化学系、デザイン系、パイロットや運転手など、様々な職種を選ぶことができなくなるのだそうです。

生活の中でも、様々な困難が生じています。

けれど、障害者手帳の対象にはならないのだそうです。

色覚異常のある人が生きやすい世の中になるように。

私もこれから長男と一緒に考えていきたいと思います。

 

青い空と緑の木々。

長男には、どんな風に見えているのでしょうか。

 

聞いてくれてありがとう 世界自閉症啓発デーコラボ企画に寄せて

nanaio.hatenablog.com

私はADHD(注意欠如多動症)だと診断されています。

双極性障害Ⅱ型、身体表現性障害という診断名もついています。

診断されたのは、大人になってからです。

 

子供の頃から、他の人が難なくやってのけることができなくて、いつももたもたして周りについていけませんでした。

毎日失敗だらけです。

何故か成績は悪くなかったので、周囲の人は誰も私に障害があるとは思わなかったでしょう。

しっかりしなさい。

やる気をだしなさい。

ふざけるな。

今でも、思い出すと耳を塞ぎたくなるくらい、毎日毎日怒られていました。

一生懸命やっているつもりです。

やる気はあります。やりたいんです。

ふざけてなんかいません。

言えるわけもなく。

泣いているのを知られると、また叱られてしまうので、お風呂の中や布団の中で毎日のように声を押し殺して泣いていました。

 

大人になっても、やっぱりぐずぐずもたもたしていて。

でも、偶然に大人の発達障害を診断できる医師と出会ったことにより、ADHDだと診断されました。

何故、私はできて当たり前のことができなかったのか。

発達障害があったから、脳に障害があったからだったのです。

 

診断されてからの私は、ずっと本来の自分を取り戻す作業をしてきました。

40年近く、自分はどうしようもなく駄目な人間、価値のない人間だと思って生きてきました。

そう思ってふてくされるしか、自分を保つ方法を知らなかったのです。

そうじゃない、障害があったから、仕方なかった。

誰も悪くはない。

私は、生きていてもいい。

ゆっくりとですが、私自身を肯定できるようになってきました。

 

私が私を肯定できれば、周囲の人も私を肯定的に受け容れてくれるようになるのでしょうか。

この歳になって、少しずつですが、友人と呼べる人ができました。

共通の趣味をもつ人だったり、子供たちを通してのママ友だったり。

彼女達には、私の発達障害のことは話しています。

話せています。

と、いうか。

聞いてくれるのですね。

別々の場面で知り合った彼女達、混じり合うことはありません。

けれど、そこが同じなのです。

彼女たちは皆一様に、私の発達障害特性の話をじっと聞いてくれるのです。

自分の主観を挟むことなくじっと聞いて、どうすれば私と共に行動できるかを一緒に考えてくれるのです。

 

私には障害があります。

目の前にいる人から、いきなりこう言われたら。とても驚きますよね。

そして、どう言えば相手を傷つけずに済むか、失礼の無い言葉はどれか、一瞬の内に考えるのだと思います。

慰めのような言葉をもらったり、障害があること自体を否定されてしまったり。

仕方のない反応だと思います。

私の友人である彼女たちも、最初はそうでした。

でも、その後は関心を持って、私の勇気を振り絞った告白に耳を傾けてくれました。

そして、障害がある私と、友人としてのひと時をごく普通に楽しむためにはどうすれば良いか、真剣に考えてくれました。

めんどくさがることも、適当にごまかされることもなく、真剣に考えて心から共に過ごす時間を楽しんでくれるのです。

長く生きてきて、初めてでした。

自分がここにいていいんだと思うことができました。

彼女達には、心から感謝しています。

 

私は、障害を持って産まれてきた自分を、二度と否定したくありません。

障害は私の一部。それを含めて、丸ごと、私です。

けれど、そのままでは、普通の生活をする事が難しいです。

なので、少しだけ、助けてもらっています。

それはお薬だったり、友人たちに一緒にランチできるお店を考えてもらったり。

デジタルの力や支援グッズを使ったり。

ほんの少しだけ助けがあれば、私はごく普通に日常生活を楽しむことができるのです。

普通になりたいとは思っていません。

普通の生活がしたいだけなのです。

 

私を丸ごと肯定してくれた人達に心から感謝を。

そしてこれからもそんな出会いを楽しみに生きていきたいと思います。

 

 

 

ADHDの私がコンサータを飲み始めて一年が過ぎました

togetter.com

togetter.co

togetter.com

このtogetterは、一年前に私がコンサータを飲み始めた時にツイッターでした実況を、ふらカナ(@fura_kana)さんがまとめてくださったものです。

コンサータというお薬を飲み始めて一年が過ぎました。

一年経って思うことは。

普通の生活ができるようになったな、ということです。

自分がADHDであることをあまり意識しなくてよくなりました。

このお薬を飲み始めてできるようになった事を具体的にあげてみましょう。

 

私がコンサータを飲み始めてできるようになったこと

最後まで考えられるようになった

このお薬を飲み始める前は、何か考えているとどんどん色んなことが閃いて、思考があっちこっちに散らかって中々まとまりませんでした。

短期記憶の弱さから、考えている途中で何を考えていたのか忘れてしまうこともありました。

結論まで考えられた時でも、その結論を一瞬で忘れてしまうこともありました。

コンサータを飲み始めてから、考え始めたら結論に至るまで集中して思考することができるようになりました。

そうして導き出した結論を、知識として取り入れることもできているようなのです。

例えるなら、頭の中に常にもやもやと広がって視界を悪くしていた霧を、このお薬が取り去ってくれた様な感じでした。

こんなに頭の中がクリアにすっきりする事があるもんなんだなと。

ちょっと感動してしまうくらいでした。

話ができるようになった

以前の私は、文を書くことができても喋ることができませんでした。

何かを説明するときは、必要のない細かい情報まで伝えようとして肝心の事が伝わらなかったり、逆に端折りすぎて単語の羅列のようになってしまって相手を混乱させたりで、自分の言いたいことをきちんと相手に伝えるのがとんでもなく下手でした。

喋ってる途中で、喋ろうとしたことをきれいさっぱり忘れてしまって冷や汗をかくこともよくありました。

コンサータを飲み始めて、喋り始めたら、まるで文章を書いている時のように順序立てて言葉をスラスラと並べる事ができるようになりました。

何かの出来事の始終を誰かに伝えたいときに、最初から最後までを順序立てて文章で喋れた時は、とてもすっきりして気分が良かったです。

常にあった眠気、倦怠感がなくなる

私は子供の頃から、日中の眠気、だるさに悩まされてきました。

体調が悪いわけでもないのに、常に風邪のひきはじめのような、何とも言えない身体の重さを感じていました。

すっきりと目が覚めている状態なのは、年に数回あるかないかといった所でしょうか。

身体がだるくてすぐに横になってしまう、怠け者の自分が嫌でした。

コンサータを飲むと、濃いコーヒーを飲んだ時の様なすっきりした感じがあります。

それが作用時間中、ずっと継続するようなのです。

身体がとても軽いです。動けます。

一日だらだらせずに自分の思うように身体を動かせる、それが嬉しいです。

話が聞ける

これはとても大きな事でした。

私の耳は、周囲の音を全部拾ってしまって、その中から必要な情報を取り出すことができません。

マイクで録音された音を聞いたことがある方は、思い出してみてください。

常にそんな状態でしか聞き取ることができないのです。

学校などざわざわした場所では、すぐ近くにいる人の話でも聞き取ることができません。

人が多いところに行くのが苦痛で、何気ない雑談も私には苦行のようでした。

もう一つは、話を聞いている途中でそれまで聞いた話を忘れてしまったり、突然話が違う国の言語のように聞こえて意味がわからなくなることがありました。

これはあせります。

話は意識して一生懸命聞いているのに、内容が全く頭に入らないのですから。

コンサータはこういった困難も改善してくれました。

保護者会前後の雑談で、ほとんど意識することなくママ友の話を聞けたときは、話を聞くというのはこんなに簡単にできる事なのかと驚きました。

片付いた

これについては正直なところあまり自信はないのですが。

正確に言えば、以前は散らかっていることに気付いてなかったのだと思います。

物の見え方が平面的でのっぺりしていて、床に物が落ちていても見えているのに見えていない(気付かない)状態でした。

コンサータを飲むと、床に落ちているものがいきなり自己主張し始めます。

いつからそこにあった?と思うような状態です。

そして、ごく自然に、拾うんですよね。落ちている→拾うが自動でできてしまいます。

以前だったら、落ちている→考える→拾わなきゃ→拾うだったと思います。

このプロセスの途中で他のことに気を取られて拾うのを忘れてしまったり。

その落ちているものがいらないものであれば、すぐに処分することもできます。

この判断も、以前はスムーズにできませんでした。

コンサータを飲むと、ゴミはゴミにしか見えなくなりました。

そうして自動的に拾ったり、いらないものをいらないと認識して処分したりしているうちに、徐々に家の中がすっきりとしてきました。

まだ一般的に見たら全然なレベルだと思いますが、以前よりも探し物をすることがなくなり、物の居場所も決まって、生活がしやすくなりました。

 

大きくはこの様な感じでしょうか。

あとは切り替えが良くなった、物事の手順がすっと浮かぶようになった、などがあげられます。

日常生活の中で私が感じていた、発達障害特性からのストレスがかなり軽減されたことがおわかりいただけるでしょうか。

同時に、できなくなったこともあります。

 

私がコンサータを飲み始めてできなくなったこと

色や音楽や料理の味の構成がわからなくなった

以前は、物の色を再現するのに絵の具をどの程度の割合で混ぜればよいか、見ればわかりました。

その色が、何と何の色彩が重なってできているのかが見えていました。

音楽も、コーラスなら誰かが音を外せばすぐに気付くし、合奏でも同じ様に楽器単体でバラバラに聞こえていました。

料理の味付けも、食べれば何の素材でどのような調味料を使ってどのくらい火を通したかなどがだいたいわかりました。

これらの事が、わからなくなりました。

色は見えているその色でしか見えないし、音楽は一塊の音でしかないし、料理は食べたらおいしいだけになりました。

私に生来あった感覚過敏という特性が、コンサータで軽減されたのだと思います。

世の中の見え方が、少しつまらなくなってしまいました。

絵画を見た時や、美しい音楽を聞いたときにその世界に巻き込まれるような感動を、感じなくなってしまいました。

でもこの感覚過敏というものは、とても疲れるものでもあって。

同じものを見聞きしても、キャッチする情報が多すぎるのですね。

刺激に極端に弱くなってしまいます。

少し世界がつまらなくなってしまったけど、生活する上では楽になれたので、私は現状に満足できています。

大食いできなくなった

私はかなりの大食いでした。

でも、コンサータを飲み始めて、食が細くなりました。

これは副作用だと思います。

私は大食いにストップがかかってありがたいのですが、食べることが大好きな人や元々食が細い人は、このコンサータの副作用は辛いものになるかもしれません。

 

感覚的なアンテナの受信が悪くなった事が一番の変化かも知れません。

でも、それは言い換えれば鋭すぎたアンテナの感度を下げて受信する情報を減らし、情報過多から私を守ってくれる効果でもあるのです。

 

気を付けた方が良いと思うこと

動きすぎ要注意

コンサータを飲み始めて一番強く感じたのは、とにかく身体が軽くなったということでした。

今までは重い身体によっこらしょと力を入れて動かしているような感じだったのが、思うだけですっと身体が反応して動きます。

軽いです。

これがとてもうれしくて。

つい、あれもこれもと欲張って動きすぎてしまうのですね。

でも、コンサータは12時間で効果が切れてしまうお薬です。

12時間たてば元通り。鉛のように重い身体をよっこらしょと動かさなくてはいけません。

そこに、一日休みなく動いた分の疲労がどっと押し寄せます。

立ち上がるのさえしんどい状態になってしまいます。いわゆる電池切れですね。

この電池切れを防ぐために、日中に動きすぎないこと、適度に休憩を入れることが大事だと思います。

まだ、やれる、というところでストップをかける習慣を付けると良いと思います。

私はこれができるようになるのに結局一年かかってしまいました。

今では電池切れすることは滅多になくなりました。

疲労がベースにあると効かない

元気に動き回った翌日、疲れがとれてないことはありますよね。

どうも、その状態でコンサータを飲んでも、あまり効かないみたいなのです。

風邪をひいたりして体調が悪い時も、あまり効かないみたいです。

コンサータの効果を十分に発揮するならば、規則正しい生活をして、無理をせず、疲労を翌日に持ち越さないことが大事だなと思いました。

適正な量に調整する

お薬なので、当然、適正な量はそれぞれ違います。

足りなければ当たり前ですが全然効きません。

逆に多すぎると副作用が強く出たり、私の場合は頭が働きすぎて辛くなりました。

思考が止まらない、思考の多動のような状態でした。

医師と一緒に丁寧に自らをモニタリングして、適正量を見つけて欲しいと思います。

副作用、私の場合

まず最初に感じたのは食欲不振でした。

食べることが大好きでいくらでも食べられたのですが、食べなくても平気になりました。

お子さんや痩せ気味の方、元々食が細い方は要注意の副作用だと思います。

ただ、これも服薬を続けていると、だんだん無くなってくるようです。

今ではちゃんと空腹を感じて、一人前たいらげるようになりました。

もう一つは、口の渇きでした。

これは最初のうちは辛かったです。

水分をとっても全然口の中が潤いませんでした。

でもこれも長く服薬している内に軽減したように思います。慣れもあるかも知れません。

あと頭痛などもありましたが、最初の数日間でなくなりました。

コンサータはお薬なので、副作用はあります。

作用と副作用のバランスを考えながら、医師と相談して服薬を進めて欲しいと思います。

 

以上、思いつくままに今現在の私がコンサータについて思うことを並べてみました。

ここに書いたことはあくまでも私個人が感じたことであって、お薬の作用、副作用の現れ方は十人十色だと思います。

服薬は信頼する医師と十分に検討を重ねた上で進めて欲しいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私って障害者なんだ

日々のこと


twitterで色んな方の呟きを拝見してて、時々複雑な気持ちになります。

私と似た特性を持っていても、社会に適応し、二次障害も起こさずに普通に生活していらっしゃる。

やっぱり、私は頑張りが足りないから、障害者になったのかなあとか。

障害者になる事が良いか悪いかの話ではないのです。

なんというか…障害者になる事を「選ばない」生き方もあったのかなあと。

私が障害者になったのは、自分で選んでそうなったのか、必然的にそうなったのか、よくわからないのです。

いつの間にかそうなっていた、という感じで。

私は健常の世界に適応できていないかといえば、そうでもありません。

学校や町内の役員もやらせて頂いているし、長男に深刻な二次障害が無ければ仕事もしていたと思います。苦手ですが、家事もそれなりにやっています。学校行事にも極力参加しています。

でも、今の私は障害者です。

必然だったのかなあ。

我慢ってどこまでするものなんでしょうか。

頑張るのはどこまでなんでしょうか。

皆しんどいのに私は楽しようとしてるんじゃないのかなあ。

わからないのです。

 

発達障害って、そんな障害なんですよね。

頑張ればできる。でも、ずっと頑張っていないといけない。

聞き逃していないか。見逃してないか。忘れてないか。失言していないか。

ずっと緊張しています。

障害がなければ、こんなに緊張しなくても社会に適応できるものなのでしょうか。

 

二次障害のせいか特性のせいなのかわかりませんが、調子のいい時と悪い時とでとても差があります。

悪い時は一日のほとんどを寝て過ごすような感じで、考えることもままならない感じなのですが、調子が良くなると、我に返る様な感覚があるのです。

何もできない、何もしてない自分が嫌で、焦った気持ちになります。

自分を受け入れることなど全然できてないのだなあと思います。

多分、この現状に満足できず、自分を追い詰めるたまらない焦燥感は特性なのだと思います。

衝動性丸出しで多動全開だったころは、こんな状態になると即行動に移していたのですが、今は特性を抑える薬も飲んでいるし、年齢を重ねることで衝動と多動は抑えられています。

代わりに頭の中ではぐるぐるもやもやと言葉にできない何かが蠢くようになりました。

 

こんな時どうするか。

今の状態はよく言われる脳内多動、思考の多動とは違うもので、体に出る多動を無理に抑えるとでてくる強い不安の一つの形なのだと思います。

なので、意図的に体を動かします。ウォーキングや家事などで軽く体を動かすとスッキリします。

好きなことに没頭することもよいみたいです。過集中は疲れますが、頭の中はスッキリします。

趣味でも仕事でも、好きなことや、強いやりがいを感じられる何かがあることは、人を強くしますね。

どこにも所属せず、生産的な作業を何もしていないと、不安がどんどん増えていって、足元を危うくします。

発達障害があると、不適応を起こしやすいので、そういった何か生産的な活動をしたいという欲求が満たされにくくなるのかもしれませんね。

好きなことに没頭することは、そういった欲求を満たすことに繋がるのだと思います。

特性があると、何かを極めたりするのが大好きですよね。

私もモヤモヤしてる暇があったら、自分の好きなことを極めたいなと思います。

 


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 お散歩に行ってきました。

寒かったけど気持ちよかったです。

元気に体を動かせるのはありがたいですね。

明日は趣味の時間がとれると良いなと思います。

 

今飲んでいるお薬

私は精神科クリニックでお薬を処方してもらっています。

今飲んでいる薬はコンサータエビリファイ、ベルソムラ。

コンサータADHDのお薬、エビリファイは感情をフラットにするお薬、ベルソムラはぐっすり眠るためのお薬です。

私はADHDという発達障害を持っています。

診断されたのは成人になってから。子供たちの診断がきっかけでした。

発達障害による二次障害も複数発症しています。

私が薬を飲むのは、発達障害による日常生活が上手くいかなくなってしまう特性を抑え、二次障害による苦しい症状を抑えて、普通の生活を送るためです。

 

薬が無ければどうなるか。

私の脳は、刺激の選択ができません。必要な情報だけを選んで取り込む機能がありません。

例えば聴覚の場合。

誰かと一緒に電車に乗ったとして。すぐ隣にいる人とも会話することが難しいです。

私の耳は、電車内に溢れる全ての音を拾います。

機械の音や金属音、人の話し声、足音など。

すぐそばにいる人に話しかけられても、こちらを向いて口をパクパクさせているようにしか見えません。

電車だけではなく、ざわざわしている場所では全てそんな状態です。

大きな音も、そのまま耳に飛び込んできます。

脳が震えるような衝撃があります。

視覚も同様です。光や色は頭にダイレクトに刺さるような感覚で飛び込んできます。

眼に映るもの全てに反応して頭の中がとても忙しくなり、ぐったりと疲れます。

 

お薬の効果の一つに、脳のフィルター効果というのがあります。

薬が効いてくると、音や光などの日常どこにでも溢れている、けれど私にとって耐え難い刺激をフィルターをかけるようにカットしてくれます。

初めて薬の効果を実感したときは衝撃でした。

ざわざわしたところで話ができる。BGMがかかっている場所で、音楽が気にならない。大きな音や光が頭に刺さらない。カラフルなものを見ても気持ち悪くならない。

街に出ても寝込んだりするほど疲れることもありません。

リビングで家族とテレビを見ることも苦痛ではなくなりました。

これが普通の生活なんだ。

改めて思いました。

 

刺激をたくさん取り込んでしまうのに、それを処理する能力が弱く、すぐにキャパオーバーになってしまいます。

そして疲れ果ててダウン。この繰り返しでした。

いつも具合が悪くて、何かするとすぐ疲れてしまいます。

頭の中は霧がかかったような感じで考えもまとまらず、何か思いついてもすぐ霧の中に隠れてしまって思い出せなくなってしまいます。

毎日身体はぐったり、頭の中はもやもやして、何かしていても上の空で集中できません。常に眠気もあります。

私は何て役に立たない駄目な人間なのだろうと思っていました。

コンサータという薬は、この頭の中の霧を消してくれる薬でした。

この薬は効き目がはっきりしています。私の場合、飲んで一時間ほどでいきなり頭の中がすっきりして、何だか視界がクリアになります。

今まで平面的にしか見えてなかったのがいきなり立体的になる感じです。

頭の中のすっきり感は、濃いコーヒーを飲んだ時の感じに近いと思います。

そしてその日やらなければならないことが頭に浮かび、どうすればそのタスクを処理できるかまで思いつきます。

薬の効果でキャパを広げ、タスクを処理できるようになっているのですね。

タスクといっても大したことではありません。

毎日の家事や出かける用事などです。

そんな事でもどうしていいかわからなくなるのが私が持っている障害です

 

私が薬を飲んで得られたものは何か。

朝起きて家事をし、出かける用事をすませて、夕方には食事を作り、家族と夕飯を食べて入浴して夜はぐっすり休む。

空き時間があれば自分の好きなことをする。

普通の生活です。

特別なことはできなくていいから、普通の生活ができればいいなあ。

ずっとそう思っていました。

薬で障害は治りません。薬を飲まなければまた特性が強くでるでしょう。

薬を飲んでも完全に特性や症状が消えるわけではありません。どうしようもない事も、ADHDの特性丸出しの失敗もあります。

でも、薬を飲んでいる限り、私は自分のことを役に立たない駄目な人間だと思わなくてすんでいます。

人間らしい生活ができています。

今はそれで十分です。

 

最近は薬の調整が上手くいかなくて、思うように自分を動かすことができていませんでした。

先日の通院で薬の量の調整をしたら、ようやく私の適正な量になったらしく、家事をして、こうして記事を書く意欲もでてきました。

ぐったりした毎日ではなく、また活動的な自分を取り戻して、少しずつでも自分の好きなことに取り組みたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

口唇裂の再手術

日々のこと

14年前のこと。

次男を出産した際、分娩台の上で最初に言われた言葉は、おめでとうございますでも元気な男の子ですでもなく、口唇裂があります、という言葉でした。

は?

出産を終えたばかりで声もまともに出せない状態です。

コウシンレツ?

初めて聞いた言葉でした。

黙っている私に、医師は更に説明を続けます。

唇の端が少し切れている状態です。手術が必要かどうかはまだわかりません。

手術?

確かこの後、この病気が発生する割合などについて早口で説明され、こくりと頷いたところで次男の顔を初めて見せてもらいました。

産まれたての、可愛らしい顔にしか見えませんでした。

出産後、部屋で休んでいる私のもとへ、次男を取り上げてくれた助産師さんが来てくださいました。

赤ちゃん、新生児室で外から見えてもいいですか?と聞かれました。

意味がわかりませんでした。

その病院の新生児室はガラス張りになっていて、誰でも赤ちゃんを眺めることができるようになっています。

助産師さんは、口唇裂の次男の顔を他人に見られないようにしましょうか?と言いに来られたのです。

私はまだ次男の顔をまともに見ていない状態でした。

構いませんというと、すみません、口唇裂だと気にされるお母さんもいるので皆さんに確認してるんです、と言って出ていかれました。

これからどうなっていくのか、胸の内は不安で一杯でした。


口唇裂とは、唇が鼻の下まで裂けた状態で生まれてくる病気です。

片側だったり、両側だったり。

裂けている長さも様々で、口唇口蓋裂といって口腔内と鼻腔がつながってしまっているケースもあります。

口蓋裂単独のケースもあるようです。

次男の場合はごく軽度の片側口唇裂との診断でした。


次男は生後四ヶ月で口唇形成術という手術を大学病院の口腔外科で受けることになりました。

小さな口元にメスを入れると思うと、それはそれは恐ろしかったです。

包丁で肉や魚を刻むときに、イヤなイメージが頭に浮かんで、鳥肌が立つほどの恐怖感を覚えました。

授乳はどうするんだろうか。発語は?摂食は?

不安との戦いの日々。

私が不安に負ければ、子供達まで不安にのまれてしまいます。

次男の顔を見ながら、毎日大丈夫だ、上手くいくはずだと自分を奮い立たせていました。

幸いにして手術はとても上手くいって、次男はきれいな唇を作ってもらうことができました。

授乳や摂食や発語も問題ありませんでした。


そして時は流れて、中学に入学した年の大学病院での定期検診の時。

いつもの様にドクターがじゃあ今年も手術はしなくていいね?というと、次男は突然、いえ、します、と。

え?

私は開いた口が塞がらないような状態になりました。

今まで全くその様な事を言って無かったのに、一年に一回の定期検診で、診察室の中でいきなり手術をすると言い出したのです。

聞けば、友達から唇の傷痕が何かと聞かれる事が多くなってきたそうで。

今よりも目立たないようにする事ができるなら、そうしたいと言うのです。

そうか、それならそうしようかと。

二度目の手術は翌年、中二の夏休みに受ける事になりました。


そして今年の8月。

夏休みを利用して、十一日間の入院を伴う手術を受けました。

結果をいえば大成功で、元々さほど目立たなかった口唇の傷痕がきれいに修整されて、全く目立たなくなりました。

次男は入院前、学校の友達に手術の事を話さなかったそうです。

でも、術後一週間で退院して翌日の始業式の為に登校しても、誰も次男が再手術をした事に気が付かなかったそうです。

術後一週間で、そこまで傷口が目立たなくなるのですね。

術後の経過も順調でした。

全身麻酔での手術だったのですが、次男は手術当日の夕食をほぼ完食してスタッフを驚かせました。

そのまま大きく体調を崩す事はありませんでした。


次男が最初の手術を受けてから、もう一度手術をするか、しないか。

ずっと頭の隅に引っかかっていました。

口唇口蓋裂自立支援医療(育成医療)を受けられます。

18歳までの手術ならば医療費の補助を受ける事ができるのです。

18歳という期限が迫るにつれて、どうしようかと頭を悩ませる日々。

そこに次男自身があっさりと決着をつけてくれました。

今の技術は素晴らしいです。

私の不安など吹き飛ばすハイレベルな医療を受ける事ができました。

そして、その次男の心意気に高い技術と細やかなケアで応えてくださった病院のスタッフの皆さんに心から感謝致します。


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この病気は発症頻度の割合が高いのに、はっきりした原因はわからないままなのだそうです。

原因がわかったとしても、発症するのはまだ妊娠に気付かないくらいの早い段階なのだそうで、防ぐ事は難しいと思われます。

顔面に傷痕が残るので一目瞭然、隠そうとする事すらできません。

心無い言葉で当事者や御家族を傷付ける事が無いように、より多くの方にご理解頂ける事を願います。